そばの系統「のれん御三家」のひとつ、藪そばは江戸っ子の御用達だった?

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そばの系統「のれん御三家」のひとつ、藪そばは江戸っ子の御用達だった?

 

古くから日本で食べられていたそば。

そばの実からそばがき、そしてそば切りへと進化し、現代まで食べ継がれています。

 

そんなそばには、「のれん御三家」と呼ばれる3つの系統があることをご存知でしょうか。

 

江戸時代に生まれた「藪そば」「更科そば」「砂場そば」から、今回は「藪そば」の歴史や特徴についてご紹介します。

 

「そば栽培の発祥の地とは? その歴史を紐解く。」はこちら

 

 

藪そばの始まり

藪そばの名が文献に登場したのは、1735(享保20)年のこと。

 

東京・本郷根津にあった「蔦屋」というおそば屋さんが発祥とされています。

 

お店のそばには竹藪があり、“藪に包まれたおそば屋さん”ということから「藪そば」と呼ばれるようになりました。

 

その後、おいしいそばを食べさせてくれる店は“藪”と呼ばれ、そのうち「藪そば」という呼び名が定着していきました。

 

 

藪そばと江戸っ子の所作の深いつながり

 

 

藪そばでは、そばの実の外側にある甘皮まで挽いてそば粉を仕上げるため、色も味も濃い目なのが特徴的。

 

そば自体の風味が強いため、そばつゆも合わせて濃い目に仕立てていたのだそうです。

 

つゆをほんの少しだけそばにつけて食べるのが、江戸っ子の小粋な仕草として知られていますが、これは藪そばのつゆが塩辛かったことからきているようです。

 

このほかには、せっかちな江戸の職人がつゆをつける時間を惜しんだという説もあるようです。

 

「そばと日本文化。江戸時代から現代へ育まれた豊かな文化」はこちら

 

 

藪そばの名店をご紹介!

 

 

藪そばを冠するお店は多くありますが、中でも「かんだやぶそば」というお店がとても有名です。

 

「蔦屋」の支店であった「団子坂支店・藪蕎麦」を譲り受けたことが「かんだやぶそば」の始まりなので、

 

 

“伝統を受け継ぐ藪そば”

 

といったところでしょうか。

 

ここでもつゆは辛口でコクがあるものを使用しており、半分ほどつけて食べるのを推奨しています。

 

そのほか、「かんだやぶそば」の初代・堀田七兵衛の三男・堀田勝三が創業した「並木藪蕎麦」や、新鮮な魚介類の天ぷらが名物の「築地藪そば」なども有名。

 

「並木藪蕎麦」を創業した勝三の三男・堀田鶴雄が創業した「池の端藪蕎麦」もそば通から親しまれる名店でしたが、2016年、惜しまれながらの閉店となりました。

 

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そばの楽しみ方が広がる藪そば

 

江戸文化の一端を垣間見られる藪そば。色の濃いおそばや濃い目のそばつゆなど、特徴も豊かです。

 

江戸発祥のそばなので、東京都内に名店が多数!東京観光の合間に、のれん御三家のひとつ、藪そばの歴史に想いを馳せながら、じっくり味わってみてはいかがでしょうか?

 

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